10/04/2017

芸術の秋がやってきました・・・プロを目指す人も趣味でやる人も、基礎をしっかり、そして音楽を楽しんで下さい!

 10月に入り爽やかな日が続き、例年より早くから咲いている金木犀の香りにホッとしております。

 いろいろな方が、私がブログをやめたと思っているそうですが(笑)、これまでもずっと、たまーに投稿していた気まぐれな私でしたが、今回は少々長い冬眠(季節が全然違う!と言われそう…)でもしていて目が覚めたぐらいに思って、また気まぐれな投稿を読んで下さったら嬉しく思います。
 皆さん如何お過ごしでしょうか?

 夏休みを含む今年の夏は、受験生ではなく、音大、音高などに通う生徒さんの補講レッスンや楽典補講に時間を割いておりました。
 8月下旬まではそれに必死で、私の子供達にも夏休み最後のほうまであまり時間をつかってあげられず、ラスト1週間ぐらいで慌ててあちこち遊びに連れていったという感じでした。
 
 そんな夏休みのレッスンを振り返ると、とにかく生徒さん達の課題が多く、歌もピアノもレッスンする曲数が相当多かったので(皆さん学校からの課題も多かったですね)、休み中に形にするのにいっぱいいっぱいで、楽しく演奏するところまで導けなかったのが反省点です。
 「形にはしたから、あとは自分で頑張って・・・」と、ある意味時間は限られているから1曲に時間を沢山使えないので仕方がないかもしれませんが、「楽しく演奏できる」のが大切であるので、未だに気掛かりでもあるわけです。

 最終的に音楽は楽しく演奏するものだと思っています。
 ただ、演奏していて楽しいと感じるのは、綺麗な声で歌えている、または綺麗な音でピアノの演奏ができていると感じられる時だと思います。
 「すごい」とかではなく、綺麗な音色・・・。
 そういう演奏をするのには、やはり基礎がきちんとできていなくてはならないので、プロを目指す人はもちろんのこと、趣味でやっている人も基礎、テクニックの習得にはちょっと時間をかけて、しっかり学んでもらえたらと思います。

 コツを簡単に一言。

 歌は体をしっかり使って喉は使わず超楽に。
 息の量は減らして減らして、響きに変えて高い場所から声を出す。

 ピアノは、手は小さな卵を軽く握っている形で、指は伸ばさず丸く。
 肩や肘の力は全部抜いて、体の重さを指先にもっていく。

 まだまだありますが、少なくともこのくらいは身につけいい音色で演奏できたら楽しいかと思います。

 芸術の秋・・・私も沢山の音楽に触れていきたいと思っていますが、先ずは学校、音大、楽団なども協賛のコンサートに携わっているので、それが無事終わったら、芸術鑑賞を楽しみたいと思っています。
 
 それと並行して、レッスンのほうもそろそろ厳しく指導していこうと思っていますが、皆さんついてきてください!

 夏に忙しくて、出演している音楽仲間からご案内をいただいていたのに行きそびれた、二期会のフランスオペラ「ばらの騎士」・・・。

 今秋、芸術鑑賞レスを取り戻したい!と切望しているところです。

 皆さんも、実りある素敵な秋をお過ごしください。



 



 

3/31/2017

音楽大学、宝塚音楽学校の受験指導奮闘記

  東京の桜は満開の一歩手前という状態で、綺麗に咲いています。

 今年度の受験指導が終わりました。
 音大、音高などの受験生の指導はこれまでもやってきておりますが、この一年間は私にとって「試練」であったとも言える気がしております。
 タイトルに「奮闘記」などと入れましたが、私にとっては決して大げさなことではなく、いろいろな意味で「奮闘」であったと改めて感じているのです。
 
 まず、今年度は浪人生を受け持っておりました。
 浪人と言ってもその生徒さんについては昨年、第二志望の私立音大は受かったのですが、残念ながら第一志望の東京芸術大学受験は合格とならず、その際に親御さんからご相談をされ、浪人せず受かった学校へ行くか、または来年再チャレンジするかという決断をする時に、昨年の主科実技の試験の時に、インフルエンザで回復したばかりで本調子とは言えなかったことと、生徒(受験生の子)が実力のある子であった為、「進路を決定するということは荷が重いのですが、この子が私の娘なら、来年もう一度チャレンジすることを勧めると思います」と、私が返答をしたことにより、浪人することに決まったという状況になり、それから一年間、今まで経験したことのない心情で指導をしていくことになりました。
 「第二志望校に入っていたとしても、また別の良い道へ進んだかもしれない」と、ふと考える時には、いたたまれない気持ちになることもあり、その反面、自分のした返答に対して、「その発言で良かったのではないか」と思ったり、複雑であったのが正直なところでした。
 それでも、「私にできることをやり尽くそう」と常に自分に言い聞かせ、指導を行ってきたつもりで、あっと言う間に時間が過ぎていったようにも思えます。

 今年に入り、受験指導も終盤という頃にはまたインフルエンザも流行り、受験生たちの体調も心配しながらのレッスンは毎回全力投球をしている感じがしておりました。
 良い結果が出るか出ないか、そこを考える時間が増え、きっと生徒さん同様、試験日がまだ来てほしくないような、早く終わってホッとしたいような何ともいえない心持ちでした。

 それでも芸大受験に関しては、「今年落とすわけにはいかない」というプレッシャーは半端ではなく、それを表に出さないことも結構大変でしたが(「先生より私のほうが大変だしー!」と言われそうですが  笑)、実技のほうもソルフェージュも後半が特に安定しており、体調さえ悪くなければまず大丈夫かな?と思えるところまで生徒さんも頑張り、かなり良い仕上がりになっていたことが、とても私の安定剤の役割を果たしてくれていたように思います。
 終盤、一番気がかりだった体調のほうも、今回は特別崩すこと無く最後の入試日まで保ち、見事声楽科に合格してくれました。
 
 今年度もう一人、エネルギーをかなり使った受験指導がありました。
 昨年3月に、お二人の宝塚音楽学校受験志望の生徒さんがいらっしゃり、一人は娘役志望、もう一人は男役志望ということで、男役志望の子のほうは、地声での受験を選択するのであれば、私は最後までは指導しないほうが良いかもしれないと思いつつ、面談をしたのを覚えています。
 結局、地声で完璧に歌うのではなく、あまり今までやったことのない裏声を受験合格レベルに持っていきたいという強い希望があったのと、声質が、男役志望と言っても、身長は
170以上あるけれどわりと細めの声で、私の声種と全く違うというほどではなかったことから(生徒さんが指導者と声種があまり違うと、初歩の段階において発声の感覚をつかみにくい為)お引き受けをし、レッスンが始まりました。
 課題曲が発表されるまでは、音符の基本的な読み方、リズムのとり方、それから当然発声をしっかりやらないといけなく、一言で「発声」と言っても、お腹や体や顏の使い方から、息の流し方、響きの付け方等、また、歌詞を付けて歌った時に、言葉のほうも音のほうもしっかり綺麗に聴こえるように歌うには、一つ一つテクニックを見につけていく必要があり、間に合うかどうかという感じで二人のレッスンをできる限り丁寧にやっていたのですが、8月頃、娘役志望の高1の生徒さんが、下調べを兼ねて兵庫県の宝塚まで行き、帰ってきた際に、「ちょっとこの世界は私の範疇を越えている気がして、断念しようと思う」というような意向を伝えてきたので、たくさん考えて出した結論であればということで、しばらくは一緒に考えましたが、結果、とりあえず今年度の受験は見送り、音大受験に切り替えるということになりました。
 声も綺麗で熱心で素直な子だったので、正直なところ、残念な気持ちはありましたが、道はいろいろあるもので、後悔さえしなければいいなと願いました。

 あとは男役志望の生徒さんのレッスンは変わらず厳しく行ったと、自分でも思います。
 打たれ強い子であったことも救いでしたが、とにかく間に合わせないとという感じで焦りを感じつつも、わりと順調に進み、声が出てきた段階になったら、今度は喉で押したくなるので、それを抑えたり、力強さを喉以外の所をフルに使って表現できるようになど、やることは山のようにありましたが、今年に入ってからは本人も猛烈に努力した成果も現れてきて、「何とかいける」という状態で終盤を迎えました。
 3月下旬の十日間の間に一次から三次試験まであるという日程の中、一次試験の数日前に高熱を出し、喉も痛いと言いながらフラフラの状態で一次に臨んだのですが、一次試験はダンスや歌の試験では無かったのも運が良かったのですが、試験中倒れることがなくクリアしたとのことでした。
 私は二次までに、傷んだ喉の状態、また声の状態が戻るのかということが心配で、祈る思いでした。
 「歌の練習が出来ないのはとても不安だとわかるけれど、とにかく二次ぎりぎりまで声は出さないで、喉の調子を治すことに専念して」と言い続けました。
 二次試験二日前にちょっと声を聴いたところ、いい感じに回復してきたと思っていましたが、付き添って宝塚に行ったお母様の話によると、二次試験当日は乾燥からか、喉がまた痛く、緊張し声も本調子ではなく、実力が出しきれなかったので合格は難しいと思ったようで、二次終了後にはそんな内容のメールをもらいましたが、しかし結果は見事通過し、最終の三次へ・・・。
 今年度は、岩手県を除く46都道府県から1042人が受験し、合格者はいつものように40人、倍率は約26倍という情報が入ってきている中、三次は私の指導の範囲ではなく健康診断や面接という内容でしたから、アドバイスなどはこれといって出来ず、私も最後は励ますことと、ただただ祈ることしか出来ませんでした。
 一次で3分の1に人数が減り、二次でもまたそこから3分の1になり、三次を受けるのは約100人。
 その中の合格者40人の中に入ることを信じ、昨日(30日)に迎えた合格発表で見事難関を突破し合格した中3の生徒さん。
 私以外のところでも勿論、宝塚の予備校といわれるところで模擬試験を繰り返し受けたりして必死に頑張って、高校受験も並行して熟し、物凄いパワーもあり、またこの道に通用する華のある子でしたが、ご家族の皆さんも一丸となって闘っておりました。

 この他、今年度は昨年中に行われた私大推薦入試の音楽指導もあり、ピアノと声楽の実技よりむしろ聴音などの点数を上げるのに苦労した時期がありましたが、昨年この推薦入試がうまくいったことが、その後の私のエネルギーになりました。
 受験指導というのは、課題曲の選曲をはじめ、入試のその日までどういう順序で、ベストの状態にもっていくか、いわゆる「作戦」のようなものが成功しないと当然結果が出ず、生徒さん個人によってかなり異なる順序になるのが難しいところだと思います。そして毎回新しい発見もあり、学ぶことも多いものです。
 今回はまた、いろいろと貴重な経験が出来たと思います。

 今年度の受験生、またご家族の皆さん、本当におめでとうございます!
 生徒さんたちは本当によく頑張りました!
 心から嬉しく思います。
 また、もしこの投稿をご覧になっている方の中に、今年の受験や試験で思うような結果が出なかったという方がいらっしゃいましたら、気持ちの切り替えは一日も早く、そして目標に向かってやるべきことを着実にやっていき、目標を達成してほしいと思います。


 未来のある若い生徒さん達へ  

 自分の力を信じ、それでも謙虚に精進していって下さい!
 何か壁にぶつかることがあったら、悩むのはなるべく少しにして、頭で考えて、乗り越え、良い方向に進んでいって下さい! 
 乗り越えられない壁は無いから。
 まずは自分のことを手を抜かず一生懸命にやって、余裕ができたら、人の為に何かができるようになって下さい!

 それは私自身がそうありたいと願うことでもあるのですが・・・。


 皆さん素敵な春をお過ごし下さい。
  
 

2/28/2017

2月1日に編曲楽譜が出版発売されました ~複雑な著作権について思うこと

 2月最後の日・・・。
 東京の冬はこんなに寒かったかと、この冬は寒さストレスとの戦いです。
 流行していたインフルエンザもほぼ落ち着いたようで、我が家は今回は誰もかからず、のり切れました。
 私はこれまで、インフルエンザにかかった我が子を抱えて眠っても移されたことがなく、インフルエンザの経験が1度も無いのですが、これは毎日10杯は飲んでいる煎茶のお陰(貧血にはあまり良くないのに、体の除菌はされている)と、勝手に思っている今日この頃です。

 さて今月1日、‟ミュージック・ベルズ ”という楽譜専門出版社より、2曲のピアノのための編曲楽譜を発売していただきました。曲集ではなく、ピースの出版です。

 パッヘルベル作曲の「カノン」(パッヘルベルのカノン・・・これは通称で、私が編曲したものの原曲名は「3つのヴァイオリンと通奏低音のためのカノンとジーク二長調」というものです)、それと、もう1曲はカッチーニ作曲の「アヴェ・マリア」です。
 「カノン」のほうは、息子がスマホのソフトの ‟ピアノタイル”(選曲した曲が電子音で流れ、それと同時にタイルが流れ出てきて、音と同時にタイルを正確に押すとクリアでき、速い曲にステップアップしていき、タイルを押すタイミングを外してしまうとそこで曲がストップするというもの)で、繰り返しカノンを選んで遊んでいるうちに、「これ、いつかピアノで弾きたい」と言い出し、私が、既に編曲出版されているものを捜してみたものの、これと思うものが無かった為(手が小さいと押さえきれない和音に対して、省略しても良い音の記譜がされているものが無いことと、原曲をそれほど崩さずにアレンジされているものが見つからなかったこと等)、「自分で書けばいい」というところに自然に行き着き、昨年11月頃に編曲を始めたのでした。
   しかし、編曲の途中で、息子に「ここのフレーズいいでしょう?」などと言いながらピアノを弾いて聴かせると、「えーっ、そんなに難しくしないで」とか、「ちょっとそんなに長い曲にしないでよ、また長くなってる!」などとうるさいどころではなく、何とも根気の必要な作業となりました。 笑
 「アヴェマリア」に関しては、私が大好きな曲で、歌の曲もピアノの曲も既に沢山の編曲楽譜が出版されています。特に吉松隆さんなどは素敵なアレンジをしており、吉松さんが左手のピアニスト用にアレンジしたアヴェマリアは、私の以前の投稿にも出させていただきましたが、大変素敵です。
 しかし、一流の演奏家が弾くのと、そこまでいっていない人、ましてや趣味でちょっと弾けるくらいの人が弾くのとでは、殆ど ゙別の曲” になってしまい、私は「誰が弾いてもそこそこ形になる曲」を残したいと思い、そこにこだわりつつ、カノン同様、原曲を変え過ぎず(好きに変えて気に入った音をどんどん入れていくのは簡単ですが、もし私が作曲したものを誰かが編曲することを考えると、そんなに変えるなら最初から自分で作ってと思ってしまう様な編曲をされたくないと思う気がする為)、その辺りに時間をつかって音を書いていきました。

 これまでにも、編曲は何曲かやっておりましたが、今回、拡散する可能性がわりと高くなる曲であると思っていたところ、やはり何か形としておいたほうが良いと、作曲の関係者からの助言もあり、ちょうど私の意向に合う出版販売形態をとっている出版社があることを知り、編曲し終えた手書きの楽譜を11月中旬~12月にかけて浄譜してもらい、出版審査を経て現在に至ったわけです。
 そして、唯一、「形」として残すものができたかなと、ややホッとした気持ちにもなっているのが正直なところです。

 ところで、ある部分で意外と慎重な私は、「出版」となると後々何か面倒なことが起こるのは嫌ですし、ひっかかることが何点かあり、著作権に対する疑問を払拭しようと、弁護士の先生にいろいろと相談をさせていただきました。
 出版するのであれば編曲についてのルールを、漠然とではなく正しく解らないといけないのが当然だと思いますが、そもそも日本音楽著作権協会(JASRAC)がどこまで何の権利を持っているのかと、昔から演奏会の度に思っていたこともあり、そこへ今回の「カッチーニ」のアヴェマリアに関しては、作曲者の誤認が常識として通っているのを知り(音楽関係者の中でもそれほど知られていないというもので、実は私も編曲出版の審査中にふと気になり、調べてわかったくらいのことなのです)、カッチーニではなく、ヴァヴィロフが作曲者であれば、没後50年経っていない・・・それなのに著作権も含めた出版の審査でひっかからずに通ったことが、かえって心配になったこと、耳コピ―で著作物を作った場合は編曲権の侵害になるのか等、素人の私には何も判断できないけれども把握しておきたいことが多々あったわけです。
 それらを弁護士の先生にどう説明していただいたか、それを全て書けば異常に長くなってしまいますので省略しますが、今回の出版に関しては問題がないという内容を伝えていただき、理解と納得ができてホッとしております。

 現在の著作権について、まだまだ私が知らないことは沢山ありますが、最近の情報(今ニュースでも連日、新しいとされる曲について、来年1月から大手の音楽教室の講師の模範演奏にも著作権料がかかる方針などと出ています)を聞いていると、考えてしまうことが多々あります。

 JASRACが「主眼」と称して掲げている文言は、「音楽の著作者の権利を擁護し、あわせて音楽の著作物の利用の円滑を図り、もって音楽文化の普及発展に資すること」だそうですが、よくよく考えてみると、これは表向きの文言で、実際は真逆の方へ進んでいると思うのは、私だけではないはずです。
 今後文化庁は何を基準にJASRACの方針の判断、決定するのでしょうか?
 ただ、使用する側のルールやマナー違反が往々にしてあるというのも事実かと思われるので、守られるべきところを守るという本来の趣旨が大事にされる必要性はあるかと思いますが、何事もバランスと、限度をどう見極めて決定するのかが大事で、そこが良い方向へ向かうように、私も見守るだけではなく、微力で出来ることは限られますが、携わっていかれたらという思いは持っております。
 私が好きなバロック音楽(バッハ、ビバルティ、ヘンデルなどの時代の音楽)は、当時は教会や宮廷で演奏され、ごく一部の人の間のものであったのが、古典派に移り、最も有名なベートーヴェンが大衆にもクラシック音楽を広める体制をつくり、そこからまた長い歴史を経て現在に至っているのですが、「音を楽しみ、音を学ぶことを共有できる」環境が継続されるために、大概な言い方かもしれませんが、音楽に携わる全ての人が、マナーと節度を守り、今後、より多くの人が音楽に触れ、それによって心が豊かになったり楽しめることを心から願っております。

 尚、今回出版された曲に関して、「弾いてはみたいけど買わずに弾けたら・・・」という方には、pdfファイル(冊子の形態ではなく、印刷していただくもの)に限らせていただきますが、下記のgmailアドレスにお問合せいただければお送り致しますのでお使い下さい。↓
  musicr.group@gmail.com


 これから花粉は嬉しくありませんが、暖かな春の日差しに変わっていくでしょう。
 私の生徒さんにもいますが、受験生の中にはまだまだこれからが勝負という人が大勢いらっしゃると思います。心穏やかに、そしてこれまでの努力が実ることをお祈りしております。


【楽譜掲載ページURL】
http://music-bells.com/?pid=113287282
「パッヘルベルのカノン」


http://music-bells.com/?pid=113285411
「カッチーニ アヴェマリア」






12/20/2016

今年最後のクリスマスソング, 今年一番心に残った演奏 ~サントリーホールにて, 今年一年ありがとうございました


今年最後のクリスマスソング

 今年も残すところあとわずか・・・。
 何があっても無くても、過ぎてみるとあっという間の一年だったと毎年思うのですが、昨日(19日)、今年最後のクリスマスソングを歌いました。
 クリスマスはまだなのに、ちょっと早いという感じですが、クリスマスには他のイベントがあるため、今年は12月の第3週から、ミニコンサート、音楽のボランティア等のクリスマスコンサートを立て続けに行い、昨日最終日を終えたのでした。
 昨日は、地元大阪府豊中市のすてっぷホールで本番を終え、東京に飛んできてくれたNPOの代表も務めている音楽仲間も参加(出演)し、花を添えてくれまして、なかなか華やかな会になったかと思います。
 クリスマスの曲といっても、一般的に良く知られているものは殆ど讃美歌集に入っている曲なのですが、昨日最後の最後に楽器も入り、皆で大合唱した「もろびとこぞりて」という曲も、讃美歌であることを知らない方がわりと多かったようでした。
 子供は曲中の「主は来ませり~」というところを、「主は来ません~」とふざけて替え歌にするのがお決まりの様で、『私もやったー!』と、その昔を思い出しながら、こっちまで歌詞を間違えそうになる・・・という、何とも危なっかしいフィナーレでしたが、出演するこちら側と、聴き手の方々との一体感のようなものを感じられる素敵なひと時となりました。


今年一番心に残った演奏  ~サントリーホールにて 

 今年、私は大変感動した演奏に出逢えました。
 10月下旬に、港区のサントリーホールにて、NHK交響楽団と共演したロシアのピアニスト ”エリザベート・レオンスカヤ”の演奏です。
 サントリーホールといえば、20年近く前に、「第九」の合唱の仕事で歌ったのがとても懐かしいです。 
 リハーサルで舞台に立ち、お風呂のような響きに驚いたのを覚えています。客席が響く造りになっているホールはわりとありますが、舞台でそんなに響きを感じるホールは、当時は本当に少なく、数日後、豊島区の東京芸術劇場で、同公演を行ったのですが、その時には音が響かず、また舞台がサントリーホールに比べて狭く、「逆だったら良かった!」と皆で話していたものでした。そのくらい、サントリーホールは響くホールなので、逆に汚い音や、ミスも目立つわけです。

 レオンスカヤの話に戻りますが、先ずは御年71歳を目前に、ベートーヴェンの「ピアノコンチェルト(協奏曲)第3番」を弾き、圧巻でした。
 これは何だろう・・・と考え、その良さの説明もしにくいのですが、包み込まれるような音を出せる方で、心が伝わってくるというような素敵な演奏でした。

 コンチェルトは長いので、暗譜の量は半端ではないのに、危なげなく弾き切る力も凄いもので、このぐらいの歳になっても、こうでなければならないと、若手の演奏家達は皆思い、感じるのではないでしょうか?
 そしてこのレオンスカヤが、テレビのインタビューで、「ピアノが歌のように弾けていない時は、メロディーを実際に歌ってみて、それをピアノで再現する、これが大事」だと言っていましたが、本当に歌うように弾くからこそ綺麗な音楽になるのだと思います。
 そして、「腕の重みを感じて弾くことで、重くも軽くも自由にできる」ということや、いろいろと演奏の神髄について話しておりましたが、話の内容は大変重要であると共に、音楽に対する謙虚さが感じられるところに、私は感動しました。
 曲をつくり上げていくプロセスが面白いから、生まれ変わっても間違いなくピアニストになる・・・そんな話もしていました。

 今や、若手の才能あふれる演奏家がいろいろな国からどんどん出てきていますが、長年、第一線で活躍してきた演奏家の演奏は、重みがあり、また格別な気もします。ベテランの方たちに、末永く名演奏を残していただきたいものです。

 同日のサントリーホールでは、その他、私の大好きなショパンのノクターン(夜想曲)作品27-2を演奏し、その柔らかい音にはただ驚くばかりでしたが、その曲が「今年の一番心に残った曲(演奏)」になりました。
 サントリーホールでの演奏ではありませんが、この曲です(レオンスカヤの演奏録音より)
 聴いてみて下さい。


その他の演奏

ショパン ワルツ 作品64-2




今年一年ありがとうございました

 今年もまた、皆さんにご協力いただいたり、助けていただいたりして乗り切った一年のように思います。
 中でも私の先生方、音楽共々支えてくれた音楽仲間や友人達、そして子供がお世話になっている、学校長をはじめとする諸先生方には並々ならぬお心遣いやご配慮等をいただき、心より御礼を申し上げます。
 生徒さんとご家族の皆さんも、ご協力いただきありがとうございました。
 また特に、10月に行いました発表会では、夏前くらいからそれぞれにご準備があり、大変お疲れさまでした。
 生徒さんの成長を感じることができ、お陰様で実りある一年になりました。

 また、相変わらず忘れられた頃に投稿する怠慢なこのブログを、変わらず覗いてみてくれた方々にも、大変感謝しております。貴重なご意見などもありがとうございました!
 その怠慢な投稿に反省したわけでは全くありませんが、来月もきっと投稿します(すると思いますにしておきます) 笑

 私もいろいろな事が一段落した暁には、他県などでも仲間たちの活動の力になれることを願っています。
 来年それが叶うか否かはまだわかりませんが、音楽を指導することは別として、演奏を行うということは、人のために、誰かのためにと言っても形となって残るものではありません。それでも、その音楽を聴いていただいている間だけでも心が豊かになったり、ちょっとでも楽しいとか、良い思い出になったと感じて下さる方が少しでも増えればと思いつつ、できる範囲で演奏活動も続けていかれたらと考えています。

 「新しい年には何かひとつ新しいことを・・・」これを私が今まで一応実行してきており、今後も続けていかれるように、その材料を見つけるための「自分探しの旅」を続けて参ります。

 一年間、本当にありがとうございました。
 皆さん良いクリスマス&良いお年をお迎え下さい。

 







8/08/2016

熱海海上花火大会, リオオリンピック, ピアニスト中村紘子さんの訃報~出会いと別れについて思うこと


熱海海上花火大会

    7月末に、例年より遅い梅雨明けがあり、また私の苦手な夏がやってきました。

  子供の頃は夏嫌いではなく、夏休みの思い出といえば、愛知県の伊良子岬、和歌山県の南紀白浜によく旅行に行ったのと、父の呉服会社の取引先からの招待旅行で、静岡の熱海にも毎年のように行っていたのも楽しい思い出です。伊良子や南紀と違って、熱海はその場所(街)自体が好きなわけではないのですが、何が良いかといえば壮大なスケールの”海上花火大会”これがすごいんですよね・・・。  花火を見て音がすごくて泣きだしていた私の子供たちも、その時期を脱し花火を楽しめる様になったので、数年前から連れていっています。

  今年もやや放心状態に近いものを体感しながら観てきました。

  今年65年目を迎えた”熱海海上花火大会”は、もともと昭和24年の台風による高波で140戸あまりの家屋が流失する災害、その翌年の熱海駅前火災、更にその直後の熱海中心街の1000戸近くが消失した大火に見舞われ、その後の復興に向けて地元市民による努力が続き、その努力に報いるべく、昭和27年に打ち上げられたのが始まりだそうです。  

   3面を山に囲まれ、「すり鉢」状の地形になっているので、海で上げる花火の音が物凄く反響し、心臓が破れそうなほどの迫力があり、この花火大会のメインの「グランドフィナーレ」の頃になると、もう気絶しそうなほどで、頭の中にある嫌な事が全て無になる瞬間が訪れてくれるのです!  

   花火は海上が一番かなと私は思っておりますが、熱海の花火は夏に7~8回、9月に1回程度、それと12月にも数回あるそうで、私は今年も含め夏しか観た事がありませんが、友人が言うには「冬もいいよー!」との事、一度は”熱海会場花火大会”を観てみてはいかがでしょうか?




リオオリンピック

   日本との時差が12時間というブラジルのリオデジャネイロでのオリンピックが開催されました。

 すでに競泳400メートル個人メドレーで、萩野公介治選手が金メダル、瀬戸大也選手の銅メダル、ウエイトリフティングの三宅宏実選手(可愛らしくてとても好きです)の銅メダル獲得で盛り上がっており、明るいスタートとなりました。

   治安やオリンピック会場の建設の遅れも心配されていましたが、6日には開会式は無事迎えられた様で良かったですね。

 今回の開会式は、私は湯河原(神奈川県になりますが、千歳川という幅の狭い川を挟んで静岡とのほぼ県境にあります)のホテルのロビーで、移動の合間にちょっとだけ見る事が出来たという感じでしたが、今後の競技は寝不足覚悟で、できる限り観て応援をしたいと思っているところです。
 「メダル」は獲得できれば本当に盛り上がり、その国の皆が元気を与えてもらえるものだと思います。
 選手たちは結果を出す事に全てをかけて臨むのでしょうから、スポーツと言ってもオリンピックの舞台は、ある意味戦場の様な場所であるのかもしれません。
 ただ、2回のオリンピックを経験し、メダルには手が届かなかった元競泳女子代表の千葉すず選手が、先月の番組インタビューで、「メダルとはご自身にとってどういうものですか?」などという質問をされ、それに対して、「メダルをとれるかとれないかの差はあまりに大きくて、ある意味酷です」と、涙を浮かべながら答えていたのを見て、いろいろ考えてみると、そういえば子供の運動会で競技の結果だけが話題になる事はほとんど無いわけで、”一生懸命やっている姿”に感動する人(親)が多いという事などが思い出され、個人的には”メダルをいくつとれるか”というところからちょっと反れて、いろいろな角度から楽しみながら代表選手たちを応援できれば良いかなと思ったりしています。

   一番応援している選手といえば、実は競泳背泳ぎの入江陵介選手です・・・。ロンドンの銀メダルから多くの苦悩を乗り越え、日本の若手選手を引っ張ってきた成果は、たとえ今回メダルに届かなくとも、皆認めてくれるのではないかと思っています。
   寝不足覚悟で、選手皆さんの応援頑張ります!

   また、来週15日には71回目の終戦記念日を迎えますが、”オリンピックは平和の象徴”であることを改めて認識し、それと共に正しい歴史認識を子供たちが持てる様に伝えていかなければならないと考えているところです。



ピアニスト中村紘子さんの訃報 ~出会いと別れについて思うこと

  7月26日、クラシック音楽の関係者でなくとも、ほとんどの人が名前は知っているのではないかというほど有名なピアニストの中村紘子さんが亡くなりました。

  もっと若くして亡くなる方もいらっしゃいますが、72歳ではまだ亡くなってもらいたくない、本当に残念なニュースでした。

  ショパンやチャイコフスキーなどの曲をダイナミックに弾く事で知られていると思いますが、中村紘子さんは3歳から小澤征爾先生等とともに、音楽の英才教育を受けてきたという方、「お湯を使って食器を洗うと、せっかく付いた手の筋肉が緩むからできないんです」という中村さんの発言を、私は小学校低学年の頃に聞き、母親に「ピアニストになると食器洗わないでいいの?」などと質問したのを今でも覚えています。  

   小学校時代、私はピアノをやってはおりましたが、それだけに専念してはいなく、フィギュアスケート他いくつかの習い事に時間を使っていたので、音楽のほうに進むと決めてもいなかったのですが、それでも子供の頃から中村紘子さんという存在は大きく、NHKのピアノ実技の講座番組に長年講師として出演されていたのは欠かさず観ておりました。  

    ピアノを弾くというよりむしろ「歌う」と表現されており、その頃から私は、中村さんの指導を観ていると、絶対に自分の演奏に何かが足りないと気付くものがあり、技術を身につけるための練習をするのは当たり前で、そのほかに大切なことがどれほどあるのかという事を知るきっかけとなったものでした。  

   ”お湯で食器を洗わない”発言は一般の人からするととんでもない事かもしれませんが、中村紘子さんくらいの人であれば言える事なんだと、いつの日か思うようになっていたのでした。  

   このぐらい有名になると、世間も演奏家に対して厳しくなり、中村さんの演奏に賛否両論はありましたが、ご自身がそれを一番よく解っており、謙虚に受け止め、精進されていたと私は思います。

  また、ある程度演奏活動をされた後に、ジュリアード音楽院でピアノの指導を受けた際に、これまで学んできた技術をことごとく否定されて、大変な思いをされたとのことでしたが、今でこそ海外留学する人も増え、本物の技術を学べる機会が増えてきたものの、日本人にとって伝統があるわけではない西洋音楽が世界に通用するなどということがどれほど大変だったかと思うと、あの時代に世界的ピアニストとして知られた中村紘子さんはやはり「偉大」であるわけで、この訃報は本当に残念に思いました。


    音楽においてもそれ以外の様々な場面においても、自分にとって大きな影響を与えてくれたり、心の支えになったり、あるいは自分が大切にしたいと思ったりする人と、一生のうちにどれだけ出逢えるのでしょうか・・・。

  その数が多ければ多いほど良いとも思わないのですが、その様な出会いはやはり宝なのでしょう。  

    私の周りには、大切な人を亡くして悲しい思いをした、または未だにそういう思いをしている人が何人もいます。

  亡くなったのではなくても、ついこの間、悲しい別れがあったと話してくれた生徒さんがいました。

  (でもそれは、縁があるのなら、またきっと会えると思いますよ・・・ !)。


    20代、30代の頃には、それほどピンとこなかったのですが、瀬戸内寂聴さんの名言というものの中に”人生とは、出会いと縁と別れです。出会ってから別れるまでの間に、嬉しいことや悲しいことがあり、それを無事に越えていくことが生きるということなんです”というものがあり、それが本当に解ると楽なのだそうですが、その意味が最近は理解出来る様になってきた気がします。

  知人の中に、「せっかく親しくなっても別れるのが辛いから、人とは最初から距離をおく」と言っていた人がいて、私は解る気はしますが、ちょっとそこまで割り切るのはさみしい気もするので、「いつか別れるという覚悟はして、良い出会いや縁は大切に大切にする」という思いに、今のところ辿り着いています。


  毎年のことながら、受験生は夏休みは頑張り時!

       たくさん栄養をとって、健康第一で一緒に頑張りましょう。


  皆さん、思い出に残る素敵な夏をお過ごし下さい!


ショパン エチュード Op10-4  故 中村紘子さん


*余談ですが、「私のもう一つの小さなブログ」にYOSHIKI   作詞 作曲のかなりいい曲(ご存知の方も多いかと思いますが、”薔薇のように咲いて 桜のように散って”)をアップしましたので、クラシックの話しから反れて、さすがにここには載せられないかなという感じですので下記より聴いてみて下さい!
  耳に残るフレーズが折り重なる曲をつくるところが、流石ですよね!
 http://pianovoce.blogspot.jp/
  
  

 


  
  
 
  


  

  

4/01/2016

新年度を迎えて

  思えば今日から新年度のスタートなのですね。
    今までの私のペースからすると、3月のどこかでブログを更新するだろうと思って、チェックして下さっている方が結構いたそうで、それを知り、私も「そろそろ何か投稿しないと・・・」と思いつつ、ただ単に気乗りがしなく、投稿も先延ばしにしていました。

    今年は3月11日前後に2回、被災地でではありませんでしたが、演奏を通して震災復興のイベントに微力ながら携わることが出来ました。
  東日本大震災から5年が経ち、震災についての話を、人前でマイクを持って話すなどという初めての経験もしました。
  突然の流れで演奏前に一言話すことになったので、アドリブもいいところで、被災した知人の話を少々したにすぎませんでしたが、それを聞きながら、また復興ソングの「花は咲く」の演奏の時に涙を流している方達がたくさんいらっしゃるのを見て、あの3.11がいかに大きな出来事だったのかを改めて感じました。
  
   昨日は東京で桜が満開というのを知りながら、予定が入っていて桜は見に行かれず、「明日にでも見に行こうかな」と思ったり、報道ステーションの司会をしていた古館伊知郎さんが降板するのが非常に残念だと思ったりしていましたが、そこへ昨日は芸能ニュースが満載だったそうで、私に次々に似た内容のメールなどが送られてきました(笑)
 「三船美佳を通り越して藤原紀香になれ」って・・・エールだか冗談だか解らないようなメールを、皆さん有難うございました(笑)
 一斉返信もちょっと・・・と思い、それでいて個別の返信もしていないのですが、この投稿でお礼を申し上げますので、これでお許し下さい(笑)
    確かに年齢は藤原紀香に近いけれどねー。。。
 気に掛けていただきて有難うございます!!!

  学生さんは皆春休みで、新年度の準備というところかと思いますが、如何お過ごしでしょうか?
  我が家は、温泉旅行の予定が私がちょっと体調を崩し、遠出は難しいという状況で急遽中止となり、子供達をコンサートやアイススケートに連れていったりしながら新年度のスケジュールの調整をまだやっているところです。

  この間の日曜日、池袋の東京芸術劇場に子供たちを連れて行ってきました。
 子供が楽しめるプログラムで、宮川彬良(みやがわあきら)さんという、作曲家で、ピアニストで、演出家でもある才能のある音楽家がいらっしゃるのですが、ピアノを習う子供が必ずといって良いほど勉強する「ブルグミュラー25の練習曲」の中の、「アラベスク」や「貴婦人の乗馬」をピアノとオーケストラのコラボ用に編曲されていたり、アンコールのベートーヴェンの「運命」も、他の曲とミックスさせて子供が飽きない長さに編曲されていたりと、楽しくて勉強になるコンサートでした。
  因みに宮川彬良さんのお父様は10年ほど前に亡くなっていますが、宮川泰(みやがわひろし)さんという、超有名な作曲家で、また奥様もバイオリ二ストという音楽一家です。
  私の二人の子供達も「楽しかった」と言っていたので、とても良かったです!
  就学前から、小学生くらいのお子さんをお持ちの方には、宮川さん演出のコンサートはお薦めです!

  それと、今年二分の一成人式(最近、学校でも生まれてから10年の歩みということで、親も参加する行事の一つとしてとりあげてくれています)を迎えた娘が、私や私の母以外に「大事なことを相談できる人ができた!」と異常なまでに元気で機嫌が良く(相談しているのか、言いたいことを言ったり聞きたいことを聞いているだけにも思え、その方に申し訳ない気もしていますが・・・ 笑)、私自身がそういうことで救われている感じがしております。
  新年度もするべきことを一つずつ、周りの方たちにお世話になりながらやっていこうと思っているところです。

   今からちょっと桜を見に行って来ようと思っていますが、下の息子が「桜なんてテレビで見られんだから十分じゃない!?」と言い出し、先ずは誘い出すことから・・・になりそうです。

  新年度、皆さんにとって良いスタートとなります様に・・・。
  

 

12/31/2015

2015年の4年ぶりの元気な大晦日, ショパン「ノクターン」, 私と音楽との関わり

 一昨日、中学校時代からの、親より私を知っていそうな友人達と恒例の忘年会をやり、トークと飲食で十分楽しんでいるところ、子供達からお決まりの命令が入り、「黒ひげ危機一髪」(海賊が頭を出している樽に短刀を順番に刺していって、海賊が飛んだら罰ゲーム)とほとんど似ている「ドキドキゴリラ」というものをやらされ、しかもどうせやるなら”ゴリラが飛んだらおたまでキャッチ”付きにしようと、私が余計なことを言い、そういうことになったのですが、これが結構面白く、私は自分の年齢を忘れ、友達と子供と一緒にはしゃいで今年のエネルギーを使い果たしました。 黒ひげ危機一髪より罰ゲームがバージョンアップして面白い「ワルひげ危機一髪」というものがあると友達から聞き、次回はそれの対決をすることにしようかと思っています。

 長年お付き合いいただいて、困ったときには支えてくれ、恐いことに私の弱みを知り尽くしている、智ちゃんや千賀ちゃん(笑)、これからもどうぞ宜しく~ (^ ^♪ 


 今日は大晦日・・・。 取り敢えず新年を迎える準備は終えたところで、いろいろ思い出すと、暮れや新年には何かしら問題が起き、穏やかでかなり元気な大晦日は4年ぶりだということに気付きました。 何なんだろう・・・?と思わないではありませんが、今年のような状況に感謝するのが、一番心安らかでいられる秘訣だとも思うので、そうしておこうかと。。。



ショパン「ノクターン」(夜想曲)

  つい数日前(27日)の「題名のない音楽会」(東京オペラシティコンサートホール収録)を観た方はご存知だと思いますが、今年9月まで司会をしていた指揮者の佐渡裕さんに代わり、10月から司会を行っているヴァイオリニストの五嶋龍さんと、最年少でショパンコンクールに優勝し、最年少でショパンコンクールの審査委員を務めたという世界的に名の知れたピアニストで、中国出身のYundi Li (ユンディ・リ)さん(天才とはこういう人のことを言うのだろうと思います)が共演した、「ノクターン 第20番 遺作」の演奏が放送されました。ショパンのノクターン20番という曲は、普通はピアノのみで演奏され、ショパンらしい綺麗な旋律で、弾けば弾くほど音を追及したくなるし、気持ち一つで演奏が随分変わってくると感じる曲で、私も大好きなのですが、今回初めて”ヴァイオリンとピアノ”の演奏に出逢い、本当に聞き惚れ、感動しました。 クラシック音楽というものは、テクニックは勿論必要で、それを身につける為に皆、膨大な時間を費やす訳ですが、そればかりでなく、説得力、表現力も要求されます。 

 説得力のある演奏ができる人は、既に生まれた時から「持っている」という恵まれたタイプと、感受性が強く、生まれたあとの日々の生活の中からあらゆる感性を吸収して表現できていくタイプと、どちらにも当てはまらないけど、イメージを作って演奏する努力をひたすらするタイプなどがあると思うのですが、いずれにしても音楽家には絶対に必要なもので、聴き手を圧倒させられる表現力を持っている人は本当に羨ましい限りです。 

 私は強い感受性はそこそこあると思うのですが、表現については普段と本番のギャップもあり、苦労しました。年齢とともに少しずつ変わってはきている気もしますが、演奏においても指導においても、一生の課題だと思っています




ノクターン20番(ユンディ・リ&五嶋 龍)

*この時の映像をどなたかアップロードされていましたが、著作権のことで削除されていたようなので、音楽はこの日の演奏ですが、映像は写真の組み合わせに致しました。

  
                          

私と音楽との関わり 

 前回の投稿で少し触れましたが、今年の秋は久しぶりに”コンサートホール巡り”ができました。(そうは言っても4~5カ所程度で、一時期に比べれば全く大したことはありません) サントリーホール、東京文化会館、東京芸術劇場・・・等々、出産前までは出演したり、勉強の為に聴きに行ったり、先生や知人の演奏を聴きに行ったりと演奏会は生活の中に入っていましたが、ちょっとそういう状況から離れていて、それからまた関わってみると、本当に客観的に演奏を聴いている自分に気づき、不思議な感じがしました。 

  また東京文化会館においては、昔々の懐かしい心境を思い出すことができ、来て良かったと思えたものでした。

  私の音楽の原点とも言えるのは、ちょうどピアノと声楽とを平行して学んでおり、声楽を始めて3年目ぐらいの20代前半の頃、上野にある東京文化会館の大ホールで、オーケストラと歌の共演(オラトリオ)で、合唱のソプラノで初めて仕事として出演料をいただいて、舞台に立った時のことでした。

  当時、まだどこの音楽事務所に所属しているわけでもなく、知人が楽団の演奏者だったため、直接依頼をいただいたのですが、既に活躍されているプロの方々と楽屋等で話をすることが出来、学ぶことも多く、この機会は私にとって本当に忘れられないものとなりました。 

  曲はショスタコーヴィッチ作曲のオラトリオ「森の歌」。ロシアの曲ならではの独特な音楽で、ショスタコーヴィッチの声楽曲の中では最も有名と言われている曲です。

 それ以前にもピアノのほうでは、バレエの講演などで仕事としてホールで演奏した事はありましたが、「音楽をやっていこう!」と本気で思ったのは文化会館の「森の歌」の本番ではなく、ゲネプロ(本番直前のリハーサル)の時のことでした。説明はしにくいのですが、まあ曲の完成度が高かったのは理由の一つだと思いますが、とにかく音の大きさや迫力というのだけではなく、音楽の”力”を感じてしまった(あるいはそんな気がしただけ?)という状態になったのを覚えています。

 音楽は人の心を動かす力があるのを実感した時でもありました。 

 聴きに来ていただいた方々から、「音が体に響いてき」、「素晴らしかった」、「エネルギーをもらった」、「やっぱり音楽っていい」などと言っていただき、演奏の少しの時間だけでも何かを忘れ、楽しんだり、良い気分になっていただけることの嬉しさも感じました。

 自分が何をしたいか決める時のきっかけは皆それぞれあるものだと思いますが、私は、スランプの度にその「最初のきっかけ」というところに戻ったり、思い出したりしながら何とか進んできた様に思います。 

 芸事にスランプは付きもので、もしも今それから脱したいと思っている将来のある方達や、生徒さんの中にそう思う人がいたとするなら、「原点に触れてみる」のもいいかもしれません・・・。 

 また、これは芸術に限る事ではなく、全ての事に共通するのではないでしょうか。

 そしていずれ、音楽を学びたくても学べない子供達に指導をするという、以前からの私の願いを実現する為にも、自分と音楽の関わり方に良いバランスが保てたらと、私自身そう思っているところです。



お世話になった方々へ

 来年はどの様な年になるでしょう。 

 私は周りの人に恵まれているなといつも有難く思っていますが、今年、いろいろな解決に向けて事を進めて下さったり、傍で支えて下さったり、力を貸して下さったり、少し離れたところから常に気にかけ応援して下さった方々、また生徒さんや生徒さんのご家族におかれましても、いろいろとご協力をいただき、心よりお礼を言わせていただきたいと思います。 


有難うございました。 


 さて、私は今日と明日、東急ジルベスターコンサート(カウントダウンコンサート)と、芸能人格付けチェックを見るのを楽しみに、娘と私の母は何十枚か購入した宝くじの当選番号の発表に燃えている状況ですが、この辺で投稿を終わりにしたいと思います。 


皆さん、良いお年をお迎え下さい。